2024年8月10日土曜日

最後の投稿から1年も経ってしまいました…

最後の投稿から1年が経ち、私たちの状況にも変化がありました。

田舎の一軒家に引っ越しました。
 
家は古いですが、馬場馬術のアリーナもあり、
2頭分の馬房や
だだっ広い原っぱもあります。
 水は全て雨水と地下水。
家の電気はテスラの電池付きのソーラーパネルでまかない、
お湯とキッチンのコンロのガスはプロパン。
トイレは水洗トイレですが敷地内に浄化槽があります。
 

次女は、大学に入り直し馬関連ではない仕事をしながら
2頭の馬を飼育しています。

現在は、知人から安く買い受けた元競走馬のラックスの調教と
昨年購入したクイニーの調教を行っています。
ラックスは11歳。引き取った際は驚くほど痩せていましたが、
とても従順で調教に素直に反応しています。
食べるのも遅く太るのに時間がかかりましたが
今、やっと体格が変わってきました。
クイニーは、とても難しい馬で、
しばらく休ませていましたが
名前を変え、クイニーからバニーへ、
調教中の音楽をクラッシックにし、
心を落ち着かせてから調教に取り組んだ結果
今やっと反応するようになっています。
焦らず進んで欲しいものです。
オーストラリアの冬もそろそろ終わりを迎え
来週からは暖かくなるようです。
私は2ヶ月ほど滞在していますが
この冬は本当に寒かった。
朝晩の氷点下は当たり前。。。
日中は日が照ると暖かかったですが
午後4時半には日が暮れ
朝8時頃まで暗かったり霧がかかっていたり。。。
しばらく東京とオーストラリアを行ったりきたりして
この土地での私たちの今後を見極めていこうかなと思います。


2023年9月28日木曜日

泣いていたのもつかの間…始まります!

泣いていたのもつかの間。

終わった、これで最後😭と…

ローワンを手放すと聞いたときは

今までの出来事が脳裏を走馬灯のように駆け抜け

泣いた泣いた、、、わたしが。


安定した仕事に就くとのことで就職活動も始め、

順調にローワンの買い手もつき

悲しい反面、これで普通の人生を送れるのかなと思い

夫と安堵したことも確か。


今まで次女の人生の全ては馬を中心に回っていた。

日本に来ることも17歳以来叶わず。

休暇もとらず、友人関係も全て馬つながり。


馬関係者にアジア系が入ってないことを見破られては不利と

髪を金髪に染め上げ、日本人であることを否定したがった。


私が厩舎へ来ることは嬉しそうではあったけど、

私が見たまんまアジア人であることで次女に嫌な思いをさせないだろうかと、

馬を見に行くたび母である私が萎縮した。


差別される=変えられない自分を受け入れてもらえない気持ち

とはこういうことかと。


最後働いた厩舎では『もうダメだな』と…

お互い口に出してしまえば絶対に次女は苦しくなるだろうと

思うような辛いことや納得がいかないこと嫌なことが次から次へと起きた。


今から思えばそこが転機となった。

次女は、方向転換を試み、いろんなことに挑戦した。

なんとか着地点を見つけようと探っていたんだろうなと思う。


大学は経営学部に入学したけれど

働くと言い一年後休学。


ローワンを売ってすぐ不動産会社に職を得て現在フルタイムで勤めています。

自分の時間ができたことや金銭面の不安もなくなり

今年の夏、私たちが住んでいる東京へ5年ぶりに来日。


私の母にも会いに新潟へ。

7月の異常な暑さの中の来日。

たった1週間の短い滞在でしたが

自分を育んでくれた日本という国に感謝の気持ちや

日本人でもある自分を肯定する気持ち、

今の自分があるのは日本で出会った数々の人との出会いの中で生まれたんだと

馬を通して本当にたくさんの方に助けてもらいながらここまで来れたんだと

そういう気持ちを伝えてくれて

帰り際、次女、羽田で号泣。

彼女の人生における一つの章が終わったなと、、、

わたしの中でも、何かが終わったなと感じた1週間でした。

オーストラリアでは嫌だと感じる出会いばかりがあったわけではありません。

馬を通した中で、良き友を得たり、

日本にい続けていたら得ることができなかった知識や、

オーストラリアで自分の常識が全く通用しなかったからこそ生まれたど根性。

どれだけ馬が好きなのかということも試されたと思います。

わたしも結構放ったらかしでした。

悔やむこともありますが、、、いやいや、、、

わたしは次女がいつ辞めてもいいからという気持ちがあったからこそ

手を出さなかったこともある。正当化しすぎかな?まぁいいや。


そんなこんなで第何章かわかりませんが

次女と相性が良い牝馬と新たなスタートを切ることになりました!


7歳。牝馬。オーストラリア国産馬。165.1cm。


父 Questing R (オーストラリア国産馬)

母 Regardez moi 系(一番初めに自馬として迎え入れたROMIの父) 



(↑父 QUESTING R) 

画像はhttps://www.ryanshorses.com.au/ よりお借りしています。


 
Quando Quando ↑(ひいひいひい爺さん?)

という系統を持ってオーストラリアで生まれ
メルボルン郊外で育った
 クイニー (Qualia) ↓


と、気持ちを新たに、
以前お世話になった、そして、わたしを始めて夕食に招待してくださり
本当にわたしにオーストラリアで始めて優しく接してくださった
厩舎のオーナー宅に預けて
仕事帰りと土日に通うことになりました。

可能性はまだまだ未知。
ライフワークバランス良く
次女が楽しんで
クイニーとの新生活を送れることを
願っています。


2023年7月16日日曜日

もうダメだ…泣いた でも乗馬は人生長く続けられるスポーツ

乗馬は長く続けることができるスポーツだ。

次女は14歳で日本を離れ、16歳で高校を辞め、16歳からオーストラリアのステーブルで働き始め、18歳になる前にライダーとして多くの馬に騎乗し、いつかオリンピックに出る!と、決めて頑張ってきた。

でも22歳を目前とし、他の子達が安定した仕事に就き、安定した人生を送るのを見て、心の変化があったようだ。

20歳で大学に入学し、馬を持ちながら勉強し始めた。コロナの頃だ。

そして今年、21歳になり愛馬ローワンを売ることを決意した。

ローワンは3歳から大事に育ててきた馬だ。ローワンとともにコロナを乗り切り、ローワンが次女の心の支えとなり、ローワンが希望だった。でもどんなにローワンが将来の可能性を秘めている馬だとしても、資金(親としてごめん)や生まれ持ってきた資質、それを伸ばしてあげることができる潤沢な資金(やっぱりここ大事)が、うちには無い。

次女の馬に対する希望が切れつつある今、健康で、学習するには最適な時期を迎える6歳という年齢は売り時か、という判断となったようだ。






フィーフィーが交通事故に遭いました。
でももう大丈夫。
こんなことが立て続けに起きた2022年でした。
ローワンも2021年の暮れに
釘を踏み
足を大怪我するという。これも2021年。
でも2022年には6ヶ月間を経て
回復しました。

2022年1月29日土曜日

さてどうなることやら…あと6本残っている”秘密”の凍結精液ストローの使い道

 

⬆️最近のローワンです。

オーストラリアはコロナのオミクロン株の流行が続き
(今はピークが過ぎたと言われています。)
ついに今月はじめ、次女も罹ってしまいました。
発熱と喉の痛みと倦怠感が続き、しばらく心配しましたが、
1週間ほどで回復し、今は、すっかり良くなりました。
日本の皆さまも
どうぞお気をつけてお過ごしください。

次女は
今年21歳になります。

パンデミックの影響を受け
ここ2年ほど
オーストラリアの主流の試合も次々とキャンセルになりました。

21歳までの
ヤングライダーの試合も出場できるのは今年で最後となり
次女の場合、
馬がいないので結局のところ出場は無理なのですが、、、
いろんな意味で残念な気持ちが
増大しているようです。

そんなこともあってか
ここ最近、
なーんとなく、
このままでいいのだろうか、と、
考え始めているみたいです。

次女は、14歳で私の手元を離れ、
16歳で、馬の道に進むと言って
キャリアを積んでいるので
高校は卒業してはいません。
 
21歳を控え、
パンデミックが起きたことをきっかけに、
大学で勉強し直し
馬を趣味として続けていくという人生も有りかもと、
模索し始めています。

実際のところ
一サラリーマンの夫が
一流の馬を用意して
国際試合に出場させ、、、というシナリオはあり得ません。
一つの節目の年齢が
「21だから」
と、
口を酸っぱくして次女に言ってきたことも
きっと次女の頭の中にあるのだろうと思います。

オーストラリアでは
高校卒業資格をいろんな方法でとり直す方法があり、
21歳以上の社会人が大学へ行って勉強し直すことに対しては
比較的柔軟に対応してくれるようだということもわかりました。

と、私と将来のことを
いろいろと話し合っているところに
また
ワクワクするような面白い話が
舞い込んできました。

次女は2年前?確か。。。
ドイツのシークレット(secret)という馬の
凍結精子を購入し、
当時飼育していた牝馬に人工授精を試みたことがあります。

残念ながらこれはうまくいかずに
家族全員肩を落とし、
銀行口座の預金額も
無駄に、
ガタン
と、落ちた、
という経験をしました。

ですが、
まだ凍結精子は
6ストロー分、凍結されたまま獣医のもとに残っています。

6本分を
今後どうするのか特に話し合うこともなく、
要は、
血統の良い牝馬を購入するにも、
血統の良い卵子を購入するにも、
ブルードメア(代理母馬)を購入するにも、
とてつもない費用がかかるので、
もう話さないでおこう、
と、
静かにしていたのです。

と、そこに、
良い意味でも
複雑な意味でも
ドキドキする話が舞い込んできています。

つづく。。。



2022年1月3日月曜日

あっという間に2022年:新年あけましておめでとうございます。

 2021年も変化の多い1年となりました。

変化が多いと言うことは、たぶん、

それだけ一生懸命に何かを追いかけている証拠なんだと思っています。

次女も無事8月に20歳を迎え、

私の役割も、話を聞いて相槌を打つ、

というように変化していて、

彼女が自分の人生の舵を取り歩んでいくことを、

傍から見守ることに徹していかねばと、

私にとっても試練と我慢のしどころであります。


私の唯一の楽しみは、このブログとYouTubeに、

次女が送ってきてくれた動画や写真で許可が出たものを上げ、

いつでも見れるようにしていること。

このブログもYoutube も一般公開していますが、

フォローしてくださっている方々には感謝とともに

私と楽しんでくださっている事に、

私自身が仲間を得た気持ちで嬉しく思っています。


昨年2021年年初めに購入したローワンもだいぶ上に伸びる成長が止まり、

食べた分が脂肪となりやがて筋肉となるような

そんな体形になってきました。

それまでは、食べても食べても上に伸びるだけで、

見た目がガリガリという状態でした。



⬇️


次女は今、個人事業として馬を4頭請け負っています。
次女の身長は166cmですが、オーストラリアでは小柄の方に入り、
ポニーの調教の依頼が多く、今請け負っている3頭はポニーです。


ポニーは性格が機敏で非常に頭が良いのだそうで、
お互いに折り合いをつけるまで大変なんだそうですが、
一旦関係を築くと、とても従順で、
次女もポニーの調教をとても楽しんでいる様子です。⬆️


馬を売却するための写真撮影で騎乗するという依頼もあります。⬆️


小3の時、万博公園でポニーに乗ってからずーっと
プロの馬乗りになると言ってきた次女ですが、
馬とは全く縁がなかった私たちは、
どうやってプロの馬乗りになって生活していくんだろうかと随分心配しました。

ですが次女にせがまれるまま、
人から受けるアドバイスを聞きながら行動して10年以上が経った今、
プロの馬乗りという仕事が
ちゃんとお金につながるということを実感できるようになってきました。

まだまだこれだけでは生活はキッツキツなので、
週末に寝ずにバーテンダーをやり、日中、試合に出たり、馬の世話をしたりと…
大変そうですが、
若くて体力がある当人は
おもしろ可笑しく話をしていて、
夢に向かってまっしぐらな状態です。

Mレベルまで到達できる馬を育てていくことの難しさを感じつつ、
グランプリ馬になり得る馬との奇跡的な出会いを
粛々と、今できることと向き合いながら待つ、
というような謙虚な気持ちも育ってきているように思います。
言ってしまえば、現実的になってきたというか…。

今は一人暮らしをしながら
オーストラリアの馬場馬術界にはびこる(と、本人が言っています。)
人種差別と戦いながら(次女はハーフですがアジア人なので、差別の対象です。)
それがいつも次女の頭にあり、今後どうやってその壁を乗り越えていくのか、
果たして、本当に人種差別があるのかどうかも含めて、
素晴らしい馬との出会いから本物のパートナーシップを築き
世界の馬場馬術会をギャフンと言わせしめる日が来る日を夢みて、
馬にも出会う人に対しても謙虚で、敬い、尊重し、更に
自分を大切にして、生きていってほしいと心から願っています。

2022年はどんな1年になるのでしょうか。

皆様も良い1年をお送りください。

今年もよろしくお願いいたします。

2021年7月22日木曜日

11年後ブリスベンでオリンピックが開かれます!決定!

 

昨日、ブリスベンで2032年にオリンピックが開催されることが決定しました。
ここオーストラリアでは直近のシドニーオリンピックに次いでの開催と、
とても盛り上がっています。

さて、その時には私は還暦を超え、
次女は31歳、長女は34歳と、
うーん、、、今は想像できないけれど、その日は必ずやってきます。

ブリスベンオリンピック開催時には、次女は適齢を迎え、いやまだ若いかな、若干。
その時までにはかなりの腕前になっているはず!です。
コネクションも増えるでしょう。
まだ11年あるので、その間、人生にどんなことが待ち受けているかわかりませんが、
地元オーストラリアブリスベンでのオリンピック出場を夢見ながら
ぜひこれからも頑張ってもらいたいと思っています。

まずは、運命の馬にオリンピックの3年前くらいまでに出会えることを。。。
切に祈ります。



2021年7月16日金曜日

母、徒然、、、もうすぐ20歳の次女に思うこと


私がオーストラリアに帰ってきてから早いもので5ヶ月が経ちました。
当初は安全と思われていたオーストラリアも
今はシドニー・メルボルンと大都市でロックダウンが行われていて
ましてオーストラリアはワクチン普及率が先進国最低と、ちょっと不安要素も多くあります。

ですがここキャンベラは1年以上感染者が出ておらず
安心、とまではいきませんが
日常はコロナ渦とは思えないくらいの穏やかさです。

当初、心配していた次女も落ち着きを取り戻しているように見え、
(次女には初めから問題がなかったのかもしれない、、、次女を心配しすぎてメンタルが危なかったのは私だったのかも、なんても思います汗。)
今後のより良い選択を自分自身でできるようになってきたような気がします。

そのような時期に縁があって購入したローワンは
たぶん、私たちにラッキーをもたらせてくれるのでは、、、
と、期待、、、いや、あまり期待しないでおこう、、など、
私の心は複雑に揺れています。

来月20歳になる次女は、6月に、昨年8月から働いていた馬術選手の元を離れ
16歳から一緒に働きながら馬に関してのいろいろなことを教えてもらった26歳の
先輩の元で、個人事業主として、馬の調教や指導などを請け負いながら働き始めました。

その先輩は、個人の方が持っているステーブルで、
自分でクライエントを持ち、馬の調教、そして指導をしています。

次女はまだまだ料金設定が低いですが
(次女1時間50ドル)(経験豊かな馬場馬術の選手は、1時間90ドル以上です。)
年々良いクライエントを持ち、実績を上げることで、少しずつ満足できる暮らしに
繋がっていってほしいと思っています。

最近思うことは、
私も今までのように次女にくっついて
次女の馬のことにおせっかいできる立場ではなくなりつつあるという事、
そして、そうでなくてはいけないという事。

次女がオーストラリアで築いていってる人間関係や仕事のつながり、生き方云々、、、
これらは、私と良い距離感を保つことで、
問題が起きれば自ら解決し学んでいく、
というプロセスを養っていけるものだと確信しています。
そのようなことから、これからはそれをもっと推し進めて行こうと決意しました。
簡単にいうと、、、
要は私が黙っていればよい、という事ですね、アハ。

ということもあり、
YouTubeの動画など、私が撮影に行くことも滅多になく(本当はとても寂しい泣)、
私自身もしばらく通学でビジネスを勉強し自分の時間を持つなどして、
親離れ子離れを加速していっているので、なかなかと投稿が遅れていますが、、、
ご理解のほどよろしくお願いします。

 

2021年6月21日月曜日

戦略なしでは続かない、、、と、思われます。

 さて、ぶっちゃけると次女の馬生活は家族で、、主にわたしと次女で、、戦略を練りながら進んでいる、ある意味、家族一大事業です。なので、わたしの頭の中は、次女がどうしたら一生馬を続けいけるかでいっぱいで、常に考えています。

次女が高校を中退するのに賛成したのも、高校を卒業する頃には未来に対する恐怖が増すだろうから、危険な道をわざわざ選択しようとは思わないかもしれない、と、思ったからです。
この時に参考になった本がこれです↓


この本を読んだ時はまだ大阪に住んでいて、子供達のことよりは、自分がいかに人生において選択肢を持ちすぎてしまったかと、考えさせられました。
時を経て、次女の高校中退に関してどう考えたら良いかを真剣に考えた時、
この本の中の言葉の数々が、次女の選択を後押しするのに役立ちました。
夫の反対を、理論づけて説得できたのもこの本のお陰です。

そして今、今後次女がどうしたら馬で生活していけるかと戦略を打ち続けていますが、参考にしているのがこの本です↓

実はこれ、まだ読み終わっていません(汗)。読み始めたのは3年前…。英語で読んでいるので、すぐに嫌になってやめてしまう、という事実。はっきり言って日本語で読みたいです。

まさかと思われるかもしれませんが、これら一見馬とは関係ない本も次女の今後の戦略を立てる時に役に立ちます。戦略なしでは今の世の中、馬だけでは生きていけない。次女も、23歳までと時間を決めて、本当に馬だけで生活していけるのかを見極めていくつもりでいます。

その戦略の一つとして、5月に馬を購入しました。
この馬を2年間持ち、2年後どうなるか。この時点で次女は22歳。まだ23歳まで1年あります。(現在次女19歳ですが、あと3ヶ月で20歳なので、2年後は22歳と決めました。)

次回はこの戦略を具体的に書こうと思います。



2021年6月17日木曜日

持つべきものはコネクション

 オーストラリアに14歳で寮生活を始めた次女ですが、
長女がたまたまこの地の大学に受かり、
たまたま長女が住んでいたところからさほど遠くないところに馬場馬術の馬を調教販売しているステーブルがあったので馬を購入し、
その馬があまりにもの暴れ馬、、、(とは言っても、もともとそういう馬を売りつけたのはそこのステーブル、、、)。
その馬があまりにも酷いので次女が夏休みに学校から購入元のステーブルへ連れ帰り、
働きながら馬のトレーニングをさせてもらう約束を取り付けたことがきっかけで、
学校を中退してそのままそこで働き始め、
その馬が暴れ馬であったのに泣きながら次女が乗り続けたことが目にとまり、
ライダーとして雇用してもらった、、という…。

人生何が起きるかわかりません。

偶然の重なりが今に至っています。

そんなことで、次女は、働き始めてから4年経ちますが、この辺り一帯にいる馬術関係の方達と着実につながりを築いています。

確かにオーストラリアは、馬術を愛する方々の人口が日本より多く、馬の売り買いも盛ん。
仔馬をグランプリ馬に育てる経験を持っている方も多いです。
ドイツやイギリス、または他のヨーロッパの地域から馬術の知識や経験を持って移住する方もいるのと、国土が広く、個人で馬を育てたりする環境が整っているなどの背景も馬術が発展している大きな要素となっていると思います。

娘の友人が自宅で請け負っている元競走馬を売りに出すので、騎乗している姿を撮影させてもらえないかと依頼がきました。
ということで、単発ですがこのような仕事も時折あります。

ですが、本当にこんなんで生活していけるの〜?

と、物価が高いオーストラリアで生きていけるのかと、母としては心配にはなりますが、
23歳になるまでに何とかもっとコネクションを広げて、
好きなことを一生追求していける状況になってほしいなと、思っています。




2021年6月16日水曜日

近況報告ー久々の投稿です。

 オーストラリアに来てから早いもので丸4ヶ月経ちました。

昨年もあっという間でしたが、今年も同じくあっという間に時間が過ぎています。

私は、過去いろんな所に住んでいますが、この特殊な時期に「住む国を変える」ことは予想以上に、身体にも精神的にも負担がかかることを実感しました。今やっとこの生活リズムに慣れてきたような気がします。

メルボルンに住んでいる長女とも、メルボルンが最近またロックダウンになったこともあり、自由に会えずにいますが、本人はとても元気に過ごしています。

次女は、昨年7月から雇用されたステーブルで未だに働いており、時にクライエントにレッスンをつける日もあるようです。また、オーナーをはじめ、皆さんにお世話になりながら、オーナーに所有されている4歳馬で試合も経験しました。ただその馬が(自分が普段からトレーニングしている)ポニーだったので文句を言っていましたが、4歳馬のテストで70%を初めて超え、60%台の壁を超えた感覚が味わえたようで試合後はとても満足していました。

そして現在、以前働いていたところで知り合った方が救助した、多分、ネグレクトという虐待を受けていた元競走馬を、週3回調教し、3ヶ月後、どんな人でも騎乗ができる馬に育て売却するというプロジェクトに関わらせてもらっており、1回のセッション、、、(騎乗できるほど人間を信じていないので、今はランジングのみ。まだとても乗れる状態ではありません。)50ドルの報酬をもらっています。またこの話は別の機会にさせてもらいます。

ということで、この4ヶ月の間、次女の周りには、相棒の犬や馬が増え、また、プロジェクトに関わらせてもらったり、友人の馬に騎乗し写真撮影があったりと、いろんなことが起きています。今後はしばらく、忙しい時期が続くと思いますので、時間を置かずにご報告できたらと思っています。

これからもよろしくお願いします。

↑長女の犬マーズ(プードルxゴールデンレトリバー)と、次女の犬フィーフィー(トイフォックステリア)




2021年2月25日木曜日

【2032年ブリスベンオリンピック開催地となるか!?】やっと自宅に戻りました。

オーストラリアに到着後、2週間、指定ホテルで隔離されていましたが、
先週末やっと自宅に戻りました。
自宅は1年間次女に任せきりになっていたので、
帰ってからずーっと掃除をしていて
今でもまだ綺麗にするところを見つけては掃除に精を出しています。

そんな中、今朝、
ブリスベンで2032年にオリンピックが開催されるかもしれないという
嬉しいニュースがありました。

昨年の東京オリンピックはコロナの影響で残念なことになり
正直、本来のオリンピックの盛り上がりが今年に期待できるのかどうかわかりませんが、
そうであって欲しいと願います。

2032年に次女は31歳になります。そして私は62歳。

次女31歳という年齢は馬術の選手としては多分旬に近いといっても過言ではない
年齢で、まあ、実際のところ旬という年齢はもう少し上だろうな、
とは思いますが。

ですが、31歳であれば、これから人脈を築いていき、27,8歳で、馬を数頭トレーニングし始め、、、オーストラリアでの国際大会も増えるだろうし、オーストラリア人の選手枠も増える!?ということは、次女のオリンピック出場が叶う可能性も高まるぞ!と、いうことで、今からオリンピックに向けて動き始めるべき!!と、言うは易し、です。
そんなことは御構い無しで、朝から一人で盛り上がっている母です。



昨日早速次女の職場へ行ってきました。
久しぶりにナマ😄で次女が騎乗するところを見れて
嬉しかったです。またその時の様子をYouTubeにアップし、ブログにも投稿しますね。


2021年2月16日火曜日

【短いレッスンでも十分】イングランド代表選手からレッスンを受けた時のはなし

 オーストラリアはイギリスの植民地だったという歴史もあり、今でもイギリスとの交流が盛んです。

夫の両親はイギリスからの移民なので夫はオーストラリアで生まれた一世ということになります。義母は、ロンドン生まれロンドン育ちで、とてもエレガントな人でした。

話が外れましたが、、馬場馬術のイングランドチームはオリンピックや国際競技でも1、2位をドイツやオランダと争う強豪チームです。

2018年、次女の働いていた厩舎のオーナーが2016年リオデジャネイロオリンピックイングランドチームメンバーの一人、スペンサーウイルトン選手を招きレッスン会を開催しました。

次女は、当時担当していたポニーで2度ほどレッスンを受けさせてもらったのですが、ウイルトン選手からは問題点を指摘され、それを改善するためのやり方を教えてもらい、それをポニーとのトレーニングに取り入れていたそうです。その後、ポニーとのパートナーシップは劇的に向上し、最終的にはアドバンスの競技にも出場することができました。

どんなに短時間のレッスンでも、経験豊富な選手やコーチから教えてもらえることは数多くあるものだなぁと私も感心しきりでした。

これからも次女には、いろんな人に会い、たくさんの現場を見て、学ぶ機会が多くあってほしいなと、思います。

ポニーは慢性的に患っていたせん痛(コリック)の症状が酷くなり、昨年早々に亡くなりました。牝馬享年8歳。人の馬への接し方が悪ければ改めるまで反抗するという、、、次女にたくさんのことを教えてくれた、とても賢い良い馬でした。

2021年2月12日金曜日

【メンタルを鍛える】コーチングを受け始める

アスリートも、一人の人間です。
人生において、自分を失ってしまうような出来事に遭遇したり、
不安に悩まされることもあると思います。

アスリートのフォーカスはその道を極めることにあるはずですが、
神経を常にそこに沿わせていくことは、
人生を歩んでいく道のりにおいて時にとても難しくなることもあり、
そのちょっとしたフォーカスのブレが
可能性からの転落になることもあると思います。

次女をオーストラリアの高校に入学させようと思い切れたのは、
学校の資料に ”一流のアスリートになるためのメンタルコーチングを行なっている”と、
あったからなのですが、
実際入学させてみると、それは”理想”として掲げられていただけだった
ということがわかりがっかりしました。

次女も19歳という年齢になり、一生このままだったらどうしよう、
という不安が最近増してきたみたいです。

私からみたらまだ19歳なんだからと思うのですが、次女からすると
真面目に働いても働いても(ライダーとして労働しています。)
上達しているのかあまりよくわからず(上達が緩やかになってきているということだと思います。)
これっ!という馬に巡り合わず、巡り合ったとしても、その馬では試合に出れない(馬主が次女に試合での騎乗を依頼しなければ試合に出れない)、、、、
これから一体自分はどうなってしまうんだろうか、
と、焦り、不安になっているようなのです。

馬場馬術の世界では、20代で有名になることは稀です。
まだまだと私は思うのですが、私の意見には説得力が、当然ですが、ありません。

素直に率直に愚鈍に自分を信じて進まなければきっと
次女がみている未来は、夢で終わるのではないかとも私は思います。

23歳でも25歳でもいい。人生いつでもやり直せるから、その時までは
死に物狂いで夢を追ってみてはどうか。その年齢になるまで、もし何も、本当に何も起きなければ高校卒業資格をとって大学に行きなさい、と、常日頃言っています。

その会話のあと、
次女は、人生のアドバイザーとして、そして夢の実現のために、
第三者であるライフコーチを探し始めました。

来週に1回目のセッションがあり、
このコーチが次女にとって合う人であれば
数ヶ月に1回、継続的にコーチングを行なってもらうことにします。

人生においての成功は、能力ももちろんのことですが、
それ以上に強靱なメンタルが不可欠であると思います。
さて、コーチングが始まることで、何か次女に変化が起きるのでしょうか。

そうであってほしいと思います。

次女13歳


2021年1月29日金曜日

【馬の飼育施設付き不動産情報】in オーストラリア

現在、オーストラリアにおいて、外国人の不動産購入が可能なのかどうかは調べてみないとわかりませんが、香港がイギリスから中国に返還された頃から中国からの移民が増えていて、これがオーストラリアの不動産価格を徹底的に押し上げています。
シドニーから車で40分ほどのところでも昔は馬を飼育していた家庭が多くあったそうですが、今では一等地です。

最近、[馬房二つ・馬場(馬場馬術用ではない)・寝室4つバスルーム2つ付きの家・プール・1ベッドルームキッチンリビングダイニング付きのプレハブハウス]という物件を、馬を飼育するのに適している物件だけを扱っているウエブサイト、
ホースプロパティー.コムで 見つけました。
ゴールドコーストとブリスベンから車で約40分で値段は約7000万円。



「夢だわ〜。」と、次女に話をすると、、、
次女は、

1馬には毒になるような雑草が生えていることもあるから、専門家から駆除してもらわないといけない➡︎これを食べると腹痛や脚の病気になるんだとか。
2毒グモ、毒蛇に馬が噛まれたらどうする➡︎オーストラリアに生息しているものの多くは毒あり。
3放牧場に張り巡らせた電気が走っているワイヤー柵に馬の脚が引っ掛かったらどうする➡︎以前、そういう状態になった馬を大人5人がかりでワイヤーから外し、馬は大怪我を負ったのだとか。
4馬の具合が急に悪くなったらどうする➡︎獣医との関係を築いていた方がよいのだそう。
5ホリデーにも行けないよ、いいの➡︎たまには日本に行きたい。

「うん(泣涙)。」

次女がいう通り、単純に考えてはいけなさそうです。

少なくても私たち家族はオーストラリアの馬世界とは無縁なので、一歩前に進むには相当の勇気が必要です。

将来、次女がもつ牧場に私もたま〜にお邪魔させてもらい、趣味の領域から出ない範囲でということを肝に命じ、馬の世話をしたり、次女の騎乗する姿を見たり、自分が馬に乗ったり、仔馬の出産時には泊まりがけでスタンバイする、など、やってみたいな〜と、
夢を描きながら、今日も頑張ります。


2021年1月27日水曜日

【個人事業主として働く】馬を調整する仕事を請け負いはじめました。

現在、ブティック型(個人で馬の売買をしている小規模の施設)でされているグランプリライダーさんのところで、馬に関わる仕事全般、厩舎の掃除から運動などを任されながら、個人事業主として働いている次女です。

次女は個人事業主として、雇用主と時給額を決めて契約し、隔週請求書を発行して賃金を得ています。税金の申告からその他諸々のことは、全て本人の責任となります。昨年から始めた労働形態なので、今年からそれらの申告が始まります。

個人事業主として労働している場合、時間が許せば他の仕事を請け負うこともでき、雇用主に気兼ねせず、自分の意気込み次第で収入を増やせるというメリットもあります。

先週から次女は、知り合ったお客さんの馬の状態を整える仕事を請け負うことになりました。
場所はお客さんが指定した公共の乗馬施設です。

画像お借りしています。Facebookより。キャンベラの空からの写真です。

お客さんは車で馬を施設まで運び、馬装をし、次女が騎乗し週3回、1時間ほど調整するのだそうです。1騎乗50ドル。週3なので150ドルの収入になります。

一昨年も、別のお客さんから同じような依頼があり、その時は1騎乗25ドルでどうかと言われました。19歳になり実績を積みはじめ、2倍の報酬をもらえるようになったことは嬉しいことです。経験豊富なライダーに依頼する場合は、1騎乗100ドルくらいはします。オーストラリアは馬好きの人口も多く、馬に対する需要も多いので、個人宅で馬を育成したり、レッスンを提供したりしている個人経営者もとても多くいます。

個人宅といっても敷地内には、住居用の家や屋内馬場や屋外馬場や馬房などが設備されています。そのような馬好きのための不動産物件も多く、ロケーションや建物にもよりますが、日本円で6000万円くらいからでも見つかります。ただ、やはり、大都市(シドニー、メルボルン、ブリスベン、キャンベラ)から車で1時間くらいとなると、1億円以上の物件が大半です。

また別の投稿でオーストラリアの不動産状況をお伝えしたいと思います。



2021年1月25日月曜日

【インスタグラムアカウント開設のお知らせ】最近の様子

日頃よりご愛読してくださり、大変感謝しております。

次女のドタバタはまだまだ続きそうで、 本人も乗馬のことのみならず、
19歳というお年頃の悩みも多く抱えつつ、このコロナ禍をどう乗り切っていくのやら
母の私には到底予測がつきません。
私は、ただただ次女の決断を見守り、なるべく賛同し、なるべく静かに私自身の意見なども
述べながら、口論したり、大笑いしたり、鼓舞しあいながら、次へ、先へと、
物事が動くように叱咤激励している毎日です。

世界中を、年末までにはもう少し自由に行き来ができることを祈りつつ、
しばらくオンラインで支えてきた次女の行く末が心配になりすぎて、
夫とペットをバンコクに残し、2月4日に私だけオーストラリアへ移動することに決めました。

オーストラリア到着後、ホテルでの14日間の隔離生活が待っており、
小さな空間で14日間も耐えられるのか心配ですが、その間何かできることを作っておこうと
思い、次女や長女の小さい頃の写真などをまとめるためインスタグラムを開設しました。

インスタグラムのユーザーネームは
maring_ba 
マリン馬
です。

ブログに載せきらない写真なども載せて行こうと思います。

もし宜しければフォローをどうぞよろしくお願いいたします。

2021年1月21日木曜日

【全日本大会で得た気づき】次へのステップへ

私の願いを叶えてくれた娘たちに感謝しつつ
その間に支えてくださったたくさんの方々に感謝しつつ
全日本馬場馬術大会が無事終わりました。

心配していた御殿場への運転も、お金の問題もなんとかクリアし、
帰りの道中はただただ安堵のわたし。

長女は早い時点で大学進学を決めており、勉強量が増えるにつれ練習量は減り、、、
また、ミディアムというレベルに挑戦することにも大きな壁があり、結果、最下位でしたが、本人は、やり遂げたという清々しい気持ちでいっぱいだったようです。

次女は6位に入賞したにも関わらず、達成感がない、と、全く嬉しそうではありませんでした。
馬をコーチに任せ、自分はその調整された馬にただ乗っていただけだからなんじゃないか、
と、自己分析。
そして、
「私は馬を育ててみたい。自分で調教して、その馬で試合に出てみたい。」と…。

長女も同じ意見でした。

その時の気づきから、次女の今があります。

その後、次女はオーストラリアの寮制の学校へ編入。
馬術専門のコースがあり、良いコーチがいるとの謳い文句で地元では有名な学校でしたが、
時代の波でしょうか。今の時代、子供には大学へ行って欲しいという親が多く、
最近では学校もあまり馬術部に力を入れていなかったことが、後で、判明しました。
寮生活を共にしたことで今でも続いている友人が多くできたこと、オーストラリアの文化に戸惑いながらも強制的に順応していったこと以外、馬に関してはあまり進歩がない生活を送っていたようでした。

オーストラリアのカントリー雑誌に掲載された次女の高校の馬術部 鞍は次女のものです。

オーストラリアの高校の敷地内で飼育していたロミ

2021年1月15日金曜日

【洗い場でおとなしい馬は重宝される】騎乗者が馬の命運を左右する

リースした馬はドイツから来た馬で、血統は父がハノーバー種ルビンロイヤル。
体格も良く、ステップも力強くて魅力的な馬でした。

Rubin Royal

試合会場でも比較的大人しく、暴れたり神経質になったり、異常に興奮したりということが
少ない馬ではありました。これはひとえに今まで彼が育ってきたドイツという馬大国での扱われ方のお陰だと思います。試合などには小さい頃から頻繁に出場していたんだろうと想像がつきます。

ですが、
この馬の洗い場での素行はあまりよくなく、甘噛みや、落ち着きのなさがあり、ドイツでもこれが原因で、値も高くつかず、比較的若い時点で売り手が手放したのではなかろうかと、今から思えばそんなふうに思ったりもしています。

ルビー

洗い場で神経質な馬は、手入れの最中非常に危ないので、買い手もつきにくいのは確かです。運動中は神経質、という馬は、鈍感な馬よりは頭も良く、頭脳勝負にはなりやすいですが、当然ながら、合図に的確に応えてくれるようになるので、乗り手次第では素晴らしい馬になる可能性も高い傾向があるようです。乗り手が、合図に敏感な馬を育てるためにも、余計な力を入れすぎた脚や、余計な手の動き、ぐらつく座りの状態、、などには注意して騎乗する必要があります。全ての騎乗者の身体の動きは馬には伝わっているので、騎乗者が未熟な場合、意図せず危険な馬を育ててしまうことにも成りかねません。乗り手が未熟な場合は、比較的鈍感な馬で練習していったり、スクールマスターという先生の存在のような馬を持ち騎乗を重ね、乗り手の上達度で馬を乗り換えていくのがオーストラリアでは一般的とされています。

2021年1月14日木曜日

【転機4のつづき】子ども達を馬術の全国大会へ出すための費用が高すぎて胃が痛くなったはなし


新しいクラブのコーチも娘達の全国大会出場への夢を大いに賛同してくれ、これで念願叶って素晴らしい思い出を作ることができると大喜びしていたのも束の間、
お願いしてしまった手前、全てを受け入れる準備はできていましたが、
私にとって想定外だったのは、それにかかる想定外の費用でした。

我が家の夫はサラリーマン。
どこかに私のヘソクリがあるわけでもなく。
外国で駐在で働く夫のお陰で何の不自由もない暮らしを送っていたわけですが、費用の説明を受けた際、私がパートに出たからといって到底間に合うような金額ではない費用がかかることに衝撃を受けました。
胃がキリキリと痛みましたが、まさか、その場でやっぱりやめますと言うわけにもいかず、、、夫に相談すると、、
”OK. No problem." いいよー問題なし
と一言。えっいいの?
そこで、金額の詳細を夫に説明し私のストレスも共有してもらおうと言い始めたところでストップがかかりました。
「言わなくていい。知りたくないから、それは聞かないでおく。任せる。」
と。この費用のストレスは私一人で請け負うことにし、家計のやりくりが始まりました。

1年間でかかった費用の内訳は、金額はさすがに記載するつもりはないですが、

馬のリース費月払い(良い馬になればなるほどかかります。年間でいうと車を一台買えるほどです。)
馬の維持費月払い (馬の蹄鉄、馬の歯の手入れ、栄養剤、食費、等)
宿泊費、交通費 (遠方への遠征の場合、現地での宿泊費がかかります。車で行くならガソリン代)
試合への参加費 
馬の輸送費 (遠方であればあるほど輸送費がかかります。)
レッスン代
入会金
クラブまでのガソリン代
新調した鞍の費用 
馬装に必要なものの代金 (サドルパッド、ポロラップ、ブラシ、など。)
娘達の試合用の服装にかかる費用 (ジャケットは一つ購入し、二人でシェアさせました。)

最後の山場、全日本大会へ娘達が出場した時には、経済的にも精神的にも体力的にも
疲れ果てた私は、戦いが終わったという安堵感の方が娘達の試合の結果より大きかったです。娘達も、特に長女は、同時に高校卒業試験から大学入試などもひっくるめて全て終わったので、結果がどうであれ、充実感で満たされていました。

本当にいろいろあった1年でしたが、夫も含めて家族皆、やって良かった。という気持ちでした。

想定外なのは、形は違っても、まさか、これが今も続いているということです。




2021年1月12日火曜日

【転機4】次女馬場馬術に変更、、出会いと助言にただただ委ねた結果

当時、次女は変わらず障害飛越競技の選手になると信じて疑いませんでした。
ですが、ある日、障害飛越ジュニアの上級者クラスへの進級テストに落ちてしまい、これがきっかけで、次女は馬場馬術へ種目変更します。

私は、いつ頃からか、高校卒業後はオーストラリアへ行ってしまう長女の日本での最後の思い出として、長女を馬場馬術の全国大会に出したいという夢を抱き始めました。今から思えば、浅はかで、恥ずかしいくらいです。馬場馬術の世界を知っていたら、そんな夢も持たなかったと思います。

知らぬが故に、私は、夢実現の可能性を探るため、今までお世話になったいろんなクラブのコーチに相談しました。ですが返事は当然といえば当然、良いものではなく皆消極的でした。それでも諦めきれず、いつも親切にアドバイスをくださる方に相談してみると、あるクラブを紹介されます。相談後の週末には二人を連れてトライアルレッスンを受けに行くことになり、トライアル後、そのコーチに全国大会への可能性を聞いてみると、喜んで引き受けて下さったのです!こういう人にこそ会いたかったんだと、その時は運命を感じ、本当に嬉しかったです。

ですが想定外だったのは、そのコーチはトライアルの時点で次女の才能を見抜いたのか、次女こそ全国大会へ出すべきだと言ったことでした。当時私は、まずは長女の思い出作りと必死だったので、長女の出場は必須でした。コーチも、渋々、賛同して下さったのですが、馬への負担を考え、長女のみの騎乗という条件となり、それを次女に説明した時は、さすがに大泣きされました。それでも、良い馬に触れる機会があることは良い経験になるからと説得し、本人も納得。晴れて二人で馬場馬術のクラブへ通うことになりました。

それからしばらくしてコーチから、やはり次女も出場してみてはと言われ、馬には大変だったと思いますが、二人で同じ馬で、L競技とM競技で全国大会を目指すことを目標に、頑張ることになりました。