2021年1月29日金曜日

【馬の飼育施設付き不動産情報】in オーストラリア

現在、オーストラリアにおいて、外国人の不動産購入が可能なのかどうかは調べてみないとわかりませんが、香港がイギリスから中国に返還された頃から中国からの移民が増えていて、これがオーストラリアの不動産価格を徹底的に押し上げています。
シドニーから車で40分ほどのところでも昔は馬を飼育していた家庭が多くあったそうですが、今では一等地です。

最近、[馬房二つ・馬場(馬場馬術用ではない)・寝室4つバスルーム2つ付きの家・プール・1ベッドルームキッチンリビングダイニング付きのプレハブハウス]という物件を、馬を飼育するのに適している物件だけを扱っているウエブサイト、
ホースプロパティー.コムで 見つけました。
ゴールドコーストとブリスベンから車で約40分で値段は約7000万円。



「夢だわ〜。」と、次女に話をすると、、、
次女は、

1馬には毒になるような雑草が生えていることもあるから、専門家から駆除してもらわないといけない➡︎これを食べると腹痛や脚の病気になるんだとか。
2毒グモ、毒蛇に馬が噛まれたらどうする➡︎オーストラリアに生息しているものの多くは毒あり。
3放牧場に張り巡らせた電気が走っているワイヤー柵に馬の脚が引っ掛かったらどうする➡︎以前、そういう状態になった馬を大人5人がかりでワイヤーから外し、馬は大怪我を負ったのだとか。
4馬の具合が急に悪くなったらどうする➡︎獣医との関係を築いていた方がよいのだそう。
5ホリデーにも行けないよ、いいの➡︎たまには日本に行きたい。

「うん(泣涙)。」

次女がいう通り、単純に考えてはいけなさそうです。

少なくても私たち家族はオーストラリアの馬世界とは無縁なので、一歩前に進むには相当の勇気が必要です。

将来、次女がもつ牧場に私もたま〜にお邪魔させてもらい、趣味の領域から出ない範囲でということを肝に命じ、馬の世話をしたり、次女の騎乗する姿を見たり、自分が馬に乗ったり、仔馬の出産時には泊まりがけでスタンバイする、など、やってみたいな〜と、
夢を描きながら、今日も頑張ります。


2021年1月27日水曜日

【個人事業主として働く】馬を調整する仕事を請け負いはじめました。

現在、ブティック型(個人で馬の売買をしている小規模の施設)でされているグランプリライダーさんのところで、馬に関わる仕事全般、厩舎の掃除から運動などを任されながら、個人事業主として働いている次女です。

次女は個人事業主として、雇用主と時給額を決めて契約し、隔週請求書を発行して賃金を得ています。税金の申告からその他諸々のことは、全て本人の責任となります。昨年から始めた労働形態なので、今年からそれらの申告が始まります。

個人事業主として労働している場合、時間が許せば他の仕事を請け負うこともでき、雇用主に気兼ねせず、自分の意気込み次第で収入を増やせるというメリットもあります。

先週から次女は、知り合ったお客さんの馬の状態を整える仕事を請け負うことになりました。
場所はお客さんが指定した公共の乗馬施設です。

画像お借りしています。Facebookより。キャンベラの空からの写真です。

お客さんは車で馬を施設まで運び、馬装をし、次女が騎乗し週3回、1時間ほど調整するのだそうです。1騎乗50ドル。週3なので150ドルの収入になります。

一昨年も、別のお客さんから同じような依頼があり、その時は1騎乗25ドルでどうかと言われました。19歳になり実績を積みはじめ、2倍の報酬をもらえるようになったことは嬉しいことです。経験豊富なライダーに依頼する場合は、1騎乗100ドルくらいはします。オーストラリアは馬好きの人口も多く、馬に対する需要も多いので、個人宅で馬を育成したり、レッスンを提供したりしている個人経営者もとても多くいます。

個人宅といっても敷地内には、住居用の家や屋内馬場や屋外馬場や馬房などが設備されています。そのような馬好きのための不動産物件も多く、ロケーションや建物にもよりますが、日本円で6000万円くらいからでも見つかります。ただ、やはり、大都市(シドニー、メルボルン、ブリスベン、キャンベラ)から車で1時間くらいとなると、1億円以上の物件が大半です。

また別の投稿でオーストラリアの不動産状況をお伝えしたいと思います。



2021年1月25日月曜日

【インスタグラムアカウント開設のお知らせ】最近の様子

日頃よりご愛読してくださり、大変感謝しております。

次女のドタバタはまだまだ続きそうで、 本人も乗馬のことのみならず、
19歳というお年頃の悩みも多く抱えつつ、このコロナ禍をどう乗り切っていくのやら
母の私には到底予測がつきません。
私は、ただただ次女の決断を見守り、なるべく賛同し、なるべく静かに私自身の意見なども
述べながら、口論したり、大笑いしたり、鼓舞しあいながら、次へ、先へと、
物事が動くように叱咤激励している毎日です。

世界中を、年末までにはもう少し自由に行き来ができることを祈りつつ、
しばらくオンラインで支えてきた次女の行く末が心配になりすぎて、
夫とペットをバンコクに残し、2月4日に私だけオーストラリアへ移動することに決めました。

オーストラリア到着後、ホテルでの14日間の隔離生活が待っており、
小さな空間で14日間も耐えられるのか心配ですが、その間何かできることを作っておこうと
思い、次女や長女の小さい頃の写真などをまとめるためインスタグラムを開設しました。

インスタグラムのユーザーネームは
maring_ba 
マリン馬
です。

ブログに載せきらない写真なども載せて行こうと思います。

もし宜しければフォローをどうぞよろしくお願いいたします。

2021年1月21日木曜日

【全日本大会で得た気づき】次へのステップへ

私の願いを叶えてくれた娘たちに感謝しつつ
その間に支えてくださったたくさんの方々に感謝しつつ
全日本馬場馬術大会が無事終わりました。

心配していた御殿場への運転も、お金の問題もなんとかクリアし、
帰りの道中はただただ安堵のわたし。

長女は早い時点で大学進学を決めており、勉強量が増えるにつれ練習量は減り、、、
また、ミディアムというレベルに挑戦することにも大きな壁があり、結果、最下位でしたが、本人は、やり遂げたという清々しい気持ちでいっぱいだったようです。

次女は6位に入賞したにも関わらず、達成感がない、と、全く嬉しそうではありませんでした。
馬をコーチに任せ、自分はその調整された馬にただ乗っていただけだからなんじゃないか、
と、自己分析。
そして、
「私は馬を育ててみたい。自分で調教して、その馬で試合に出てみたい。」と…。

長女も同じ意見でした。

その時の気づきから、次女の今があります。

その後、次女はオーストラリアの寮制の学校へ編入。
馬術専門のコースがあり、良いコーチがいるとの謳い文句で地元では有名な学校でしたが、
時代の波でしょうか。今の時代、子供には大学へ行って欲しいという親が多く、
最近では学校もあまり馬術部に力を入れていなかったことが、後で、判明しました。
寮生活を共にしたことで今でも続いている友人が多くできたこと、オーストラリアの文化に戸惑いながらも強制的に順応していったこと以外、馬に関してはあまり進歩がない生活を送っていたようでした。

オーストラリアのカントリー雑誌に掲載された次女の高校の馬術部 鞍は次女のものです。

オーストラリアの高校の敷地内で飼育していたロミ

2021年1月15日金曜日

【洗い場でおとなしい馬は重宝される】騎乗者が馬の命運を左右する

リースした馬はドイツから来た馬で、血統は父がハノーバー種ルビンロイヤル。
体格も良く、ステップも力強くて魅力的な馬でした。

Rubin Royal

試合会場でも比較的大人しく、暴れたり神経質になったり、異常に興奮したりということが
少ない馬ではありました。これはひとえに今まで彼が育ってきたドイツという馬大国での扱われ方のお陰だと思います。試合などには小さい頃から頻繁に出場していたんだろうと想像がつきます。

ですが、
この馬の洗い場での素行はあまりよくなく、甘噛みや、落ち着きのなさがあり、ドイツでもこれが原因で、値も高くつかず、比較的若い時点で売り手が手放したのではなかろうかと、今から思えばそんなふうに思ったりもしています。

ルビー

洗い場で神経質な馬は、手入れの最中非常に危ないので、買い手もつきにくいのは確かです。運動中は神経質、という馬は、鈍感な馬よりは頭も良く、頭脳勝負にはなりやすいですが、当然ながら、合図に的確に応えてくれるようになるので、乗り手次第では素晴らしい馬になる可能性も高い傾向があるようです。乗り手が、合図に敏感な馬を育てるためにも、余計な力を入れすぎた脚や、余計な手の動き、ぐらつく座りの状態、、などには注意して騎乗する必要があります。全ての騎乗者の身体の動きは馬には伝わっているので、騎乗者が未熟な場合、意図せず危険な馬を育ててしまうことにも成りかねません。乗り手が未熟な場合は、比較的鈍感な馬で練習していったり、スクールマスターという先生の存在のような馬を持ち騎乗を重ね、乗り手の上達度で馬を乗り換えていくのがオーストラリアでは一般的とされています。

2021年1月14日木曜日

【転機4のつづき】子ども達を馬術の全国大会へ出すための費用が高すぎて胃が痛くなったはなし


新しいクラブのコーチも娘達の全国大会出場への夢を大いに賛同してくれ、これで念願叶って素晴らしい思い出を作ることができると大喜びしていたのも束の間、
お願いしてしまった手前、全てを受け入れる準備はできていましたが、
私にとって想定外だったのは、それにかかる想定外の費用でした。

我が家の夫はサラリーマン。
どこかに私のヘソクリがあるわけでもなく。
外国で駐在で働く夫のお陰で何の不自由もない暮らしを送っていたわけですが、費用の説明を受けた際、私がパートに出たからといって到底間に合うような金額ではない費用がかかることに衝撃を受けました。
胃がキリキリと痛みましたが、まさか、その場でやっぱりやめますと言うわけにもいかず、、、夫に相談すると、、
”OK. No problem." いいよー問題なし
と一言。えっいいの?
そこで、金額の詳細を夫に説明し私のストレスも共有してもらおうと言い始めたところでストップがかかりました。
「言わなくていい。知りたくないから、それは聞かないでおく。任せる。」
と。この費用のストレスは私一人で請け負うことにし、家計のやりくりが始まりました。

1年間でかかった費用の内訳は、金額はさすがに記載するつもりはないですが、

馬のリース費月払い(良い馬になればなるほどかかります。年間でいうと車を一台買えるほどです。)
馬の維持費月払い (馬の蹄鉄、馬の歯の手入れ、栄養剤、食費、等)
宿泊費、交通費 (遠方への遠征の場合、現地での宿泊費がかかります。車で行くならガソリン代)
試合への参加費 
馬の輸送費 (遠方であればあるほど輸送費がかかります。)
レッスン代
入会金
クラブまでのガソリン代
新調した鞍の費用 
馬装に必要なものの代金 (サドルパッド、ポロラップ、ブラシ、など。)
娘達の試合用の服装にかかる費用 (ジャケットは一つ購入し、二人でシェアさせました。)

最後の山場、全日本大会へ娘達が出場した時には、経済的にも精神的にも体力的にも
疲れ果てた私は、戦いが終わったという安堵感の方が娘達の試合の結果より大きかったです。娘達も、特に長女は、同時に高校卒業試験から大学入試などもひっくるめて全て終わったので、結果がどうであれ、充実感で満たされていました。

本当にいろいろあった1年でしたが、夫も含めて家族皆、やって良かった。という気持ちでした。

想定外なのは、形は違っても、まさか、これが今も続いているということです。




2021年1月12日火曜日

【転機4】次女馬場馬術に変更、、出会いと助言にただただ委ねた結果

当時、次女は変わらず障害飛越競技の選手になると信じて疑いませんでした。
ですが、ある日、障害飛越ジュニアの上級者クラスへの進級テストに落ちてしまい、これがきっかけで、次女は馬場馬術へ種目変更します。

私は、いつ頃からか、高校卒業後はオーストラリアへ行ってしまう長女の日本での最後の思い出として、長女を馬場馬術の全国大会に出したいという夢を抱き始めました。今から思えば、浅はかで、恥ずかしいくらいです。馬場馬術の世界を知っていたら、そんな夢も持たなかったと思います。

知らぬが故に、私は、夢実現の可能性を探るため、今までお世話になったいろんなクラブのコーチに相談しました。ですが返事は当然といえば当然、良いものではなく皆消極的でした。それでも諦めきれず、いつも親切にアドバイスをくださる方に相談してみると、あるクラブを紹介されます。相談後の週末には二人を連れてトライアルレッスンを受けに行くことになり、トライアル後、そのコーチに全国大会への可能性を聞いてみると、喜んで引き受けて下さったのです!こういう人にこそ会いたかったんだと、その時は運命を感じ、本当に嬉しかったです。

ですが想定外だったのは、そのコーチはトライアルの時点で次女の才能を見抜いたのか、次女こそ全国大会へ出すべきだと言ったことでした。当時私は、まずは長女の思い出作りと必死だったので、長女の出場は必須でした。コーチも、渋々、賛同して下さったのですが、馬への負担を考え、長女のみの騎乗という条件となり、それを次女に説明した時は、さすがに大泣きされました。それでも、良い馬に触れる機会があることは良い経験になるからと説得し、本人も納得。晴れて二人で馬場馬術のクラブへ通うことになりました。

それからしばらくしてコーチから、やはり次女も出場してみてはと言われ、馬には大変だったと思いますが、二人で同じ馬で、L競技とM競技で全国大会を目指すことを目標に、頑張ることになりました。


 

2021年1月8日金曜日

【母の独り言】今後のこのブログの行方を考える

2021年に入りましたがいまだに運気が止まっているようにみえます…。
私も未だにオーストラリア行きのフライト待ちで、
月2各35席のフライトの、
1席確保は思った以上に大変なのかもしれません。

今私の頭の中をグルグルと巡っている考えは
次女を支えていくという決断が
果たして正しいのかどうかということです。
次女は今年20歳。
手を握り続けてきたつもりでここまできましたが
これからは私自身が自覚しながら手を離していかなくてはならないのかもしれません。
多分それを次女も望んでいるのかもです。

そんなこんなで、これから
このブログが一体
どこへどういう風に向かっていくのか見当もつきませんが、
(【母の独り言】が増えていく可能性大ですが)
引き続き応援していただますと幸いです。

今現在次女の状況は、馬を仕事として面倒を見ているのみで
自馬もおらず、ちょっとだけ方向性を見失っているようにもみえますが、
このご時世、仕事があるだけでも幸運で、
ただただ目の前にある仕事をこなすという日常が続いています。
この中では、ネタになるようなことも起こっておらず、
ここから先は引き続き
私の忘備録として過去を顧みる内容になると思います。

願わくば2月には私のオーストラリア行きが叶い、
その頃にはもう少し私たちに追い風が吹いてきて
面白いことがたくさん起きてくるといいなぁと思っています。

よろしくお願いします!

2009年にケアンズで撮った写真🔝まだ馬とは縁がなかった頃。


2003年頃の娘たち💓



2021年1月4日月曜日

【2021年の抱負】オーストラリアへ行ってきます。

あっという間に2021年に突入しました。
新年明けましておめでとうございます。
皆様の新年はどのように開けましたか。
我が家では相変わらずドタバタ劇が繰り返されていて
ブログの投稿もままならぬ、
FaceTimeを片手に
オーストラリアの次女とあーだこーだと…
またもや彼女の頑固さに、夫と負けに負け、
現在、次女を応援しに行くため、私、
オーストラリアへのフライトを待っている状況です。

本来ならば2020年はオーストラリアへの渡航を2度は考えていて
通算6ヶ月はオーストラリアで過ごす予定でした。

コロナでそのようには行かず次女には寂しい思いをさせてしまいました。
自分で選んだ道なので、働きながら気丈にやっているように見えましたが、
こないだポニーから落馬した際
身体を相当打ち付けたようで、一人でこれを乗り切るのは辛かったみたいです。
今になって知ったことなので、私を心配させまいと頑張ったんだと思います。
母反省…

そのようなこともあり、
2021年は次女を全面応援する年にしようと夫と話し合いました。

急ではありますが、バンコクのペット達を世話をしてくださる方を見つけられそうなので、
夫と残し、私はオーストラリアへと出発することになりました。
ただ、
月に2便しか飛んでいないバンコクシドニー行きへの席は
運が良くないと確保できそうもないですが、
現在、大使館を通して予約を入れ、いつでも飛べるようにスタンバイ中です。

オーストラリアでは魔の14日間完全隔離生活が待っており、
今から恐怖です。
その間、狭いホテルの中でブログをたくさん更新しようと思っていますので、
どうぞ楽しみにしていてください。

では、今年の次女の人生劇場がどうか実り多きものになりますように、
願ってやみません。2020年は、停止、を食らった1年だったので、
きっとそれよりは少し前進している感がある一年になると思います。

そして皆様のご多幸をお祈り申し上げます。
今年もよろしくお願いいたします。